大坂なおみ選手優勝、世界一位 全豪オープンテニス2019 - あいの日々徒然

2019年2月 3日

大坂なおみ選手優勝、世界一位 全豪オープンテニス2019

日本時間1月26日(土)午後5時30分から
全豪オープンテニス2019年女子決勝戦が行われました。
日本の大坂なおみ選手が決勝を戦うことになり
テレビ観戦で応援しました。
全豪オープンテニス2019年女子決勝戦

大坂なおみ選手の対戦相手は、
チェコのペトラ・クビトバ選手
世界ランク6位でウインブルドン2回制覇の強者です。
左利き、すばらしいスライスサーブで勝ち上がってきました。
チェコのペトラ・クビトバ選手

第1セットから接戦で大坂なおみ選手が押され気味でした。
タイブレークで大坂なおみ選手がクビトバ選手のサーブを攻略し
第1セットを大坂なおみ選手が取りました。
第1セットから接戦

第2セットは、大坂なおみ選手が5-3でリードした第9ゲーム。
トリプルマッチポイントを握りながら逆転され、
続けて4ゲームを落とし、5-7で第2セットを落とした。
そこで切れてしまいそうな気持ちを
トイレタイムで切り替えたようです。
第3セットは、第3ゲームをブレイクし6-4で勝利をつかみました。
勝利

この全豪オープンテニス2019の優勝で
大坂なおみ選手は、世界ランキング1位となることが確定しました。
大坂なおみ選手は、日米二重国籍ですが
テニスの大会には、日本選手として出場しているので
日本人選手初のテニス世界ランキング1位となりました。
おめでとうございます。
世界ランキング1位

大坂なおみ選手の魅力は、何と言っても
この愛らしいスピーチ
謙虚ですてきなスピーチが日本人らしいです。
スピーチ
この日のスピーチも対戦相手のクビトバ選手が
以前、暴漢に襲われて左手を負傷し、
2年前の大会は出場すらできなかった状態からの復活に
敬意を示していました。
これからも活躍も期待しています。

大坂なおみ選手がなぜ日本選手として
テニスの大会に出ているかが書かれた記事を紹介します。

大坂なおみは北海道出身の母・環さんとハイチ出身の父フランソワさんとの間に大阪で生まれ、3歳で米国に移住した。二重国籍で、日本語は話す方が苦手。それでも、日本登録で出場し、「日本人」として初の快挙を成し遂げた。大坂が日本登録で出場する理由とは?

    ◇    ◇    ◇

大坂が準決勝を戦う前、1人の米国女性記者が「彼女は本当は米国人よ」と言ってきた。その記者は、昨年10月のツアー最終戦WTAファイナルの時にも、米国の元世界女王キング夫人に「なぜ大坂を日本に持って行かれたのか」とかみついていた。

3~4歳時、生まれた大阪から米国に移住した大坂は、日本の記憶はおぼろげだ。米フロリダ在住で言葉も英語の方が流ちょう。日米の二重国籍なため、米国記者が、米国を選んだ方がいいと思うのも当然かもしれない。ならば、なぜ大坂一家は、なおみをいまだに日本登録にしているのか。

13年9月の東レ・パンパシフィック大会の時だった。日本テニス協会の女子代表コーチだった吉川真司氏(40)は、日本登録で出場していた選手をくまなくチェックしていた。予選1回戦で敗れたが、1人の初めて見る選手に、目がくぎ付けになった。それが15歳の大坂だった。

「すごい才能だと思った」。すぐに当時の女子代表監督だった村上武資氏、植田実強化本部長に大坂の存在を報告。それ以来、日本に来たときは、味の素NTCで練習できるように取りはからうなど、地道な支援を続けてきた。吉川氏も代表コーチとして大会に派遣され、大坂が出場していれば必ずコンタクトを取り続けた。

大坂は米国テニス協会のジュニア大会に多く出場しているが、目立った成績は残していない。米国では完全に埋もれた存在だった。大坂一家は米国協会に支援を申し込んだが、大して取り合ってもらえなかったという。しかし大坂が16年全豪で予選を勝ち上がり本戦で3回戦に進むと、米国協会は強烈なアプローチを仕掛けてきた。

日米争奪戦の勃発だった。米国は女子代表監督が自ら乗り出し、多額の支援を約束したと伝えられる。だが大坂の父フランソワさんは、無名の時から娘を支援し続けた日本の恩義を尊重したという。だからこそ、いまでも大坂は日本で登録し続けるのだ。

吉川氏は「僕は代表コーチとして手助けしただけ。コーチはバイン氏」と遠慮する。確かに、あくまで大坂の専属コーチはバイン氏だ。彼の手腕が卓越した大坂の才能を開花させたことは間違いない。母環(たまき)さんが、日本の文化や料理を娘に伝え続けなければ、大坂自身が「私のメンタリティーは日本人に近い」と認識することもなかっただろう。ただ、吉川氏がいなければ、大坂が「日本人」として4大大会の優勝杯を掲げることがなかったのも事実だろう。【吉松忠弘】
◆吉川真司(よしかわ・まさし)1978年(昭53)1月31日、京都市生まれ。父の影響で12歳でテニスを始める。亜大時代の00年全日本学生シングルスでベスト4。卒業後、実業団でプレー。07年に引退しコーチに転向し、12年から日本テニス協会の女子ナショナルコーチに就任した。協会公認S級エリートコーチ。


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